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エモい心理学

こころってやつは。エモい、つまりエモーショナルな心理学論文を書き溜めています。

人がそれを "アートとして" 観るとき

 

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 この絵画作品をご存知でしょうか。19世紀前半にはカタルーニャ独立運動家として活動し、同世紀後半には芸術家として晩年を過ごしたスペイン人のアリセンスキーによる作品です。彼の作品は19世紀後半の芸術家の中でも異彩をはなっており、繊細なタッチで描かれる独特のキャラクターには親しみやすさと同時に不穏な雰囲気を醸し出しています。

 

 

 

 

 

嘘です。

僕の落書きです。30秒で書きました。騙してごめんなさい。アリセンスキーって誰だろう。

 

さて、作品を鑑賞するとき、人は環境や文脈にどれだけ左右されているのでしょう。

そんなわけで、今日はアートに関する論文です。

 

Van Dongen, N. N., Van Strien, J. W., & Dijkstra, K. (2016). Implicit emotion regulation in the context of viewing artworks: ERP evidence in response to pleasant and unpleasant pictures. Brain and cognition, 107, 48-54.

 

 

論文の内容

著者らは、アートを鑑賞するという体験は博物館のような確たる文脈の中で生じるもので、そういった文脈の中で対象物に接触したりするので、そもそも対象物に好感を持ちやすいといったことを述べています。確かに、休日に博物館行こうとするとき、明らかにポジティブな体験をしにいっているなという気はしますね。

 

また、人がアートを鑑賞するとき、人と作品の間には「情動的な隔たり」が生じており、そのためにギョッとするような作品も好感をもって鑑賞できるんだよ、とも述べています。少なくとも創作物だと認識していれば、情動的な衝撃はそれほど強くならなさそうです。

 

そこで、以下のような実験を行いました。

実験者らは、まず100枚の写真を用意しました。その中には、ポジティブな写真(スポーツ、家族写真など)とネガティブな写真(災害の様子、ずたずたになった身体(!))が50枚ずつが含まれています。

そして、「地方新聞から収集したものです」と教示する現実写真条件と「美術館から収集したものです」と教示するアート条件を設けました。両条件において、ポジティブな写真とネガティブな写真が均等になるよう25枚ずつ振り分けました。ちなみに、アート条件の写真は、「油絵をデジタル化したものもあれば、俳優や小道具を映した作品などがあるよ」とも教示しています。各参加者は、両条件を呈示され、それらの写真がどのくらい「好き」であるかを尋ねられ、さらに写真をみたときの脳波も測定されました。

 

その結果、アート条件のほうが現実写真条件よりも、ポジティブ・ネガティブを問わず、「好き」と評価されました。また、現実写真条件のほうがアート条件よりも、ポジティブ・ネガティブを問わず、認識された情動の強度を反映するLPP(late positive potential)という脳波成分が大きくなっていました(Fig.1:青い部分がLPP)。

 

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著者らは、アート作品の鑑賞では構造などのプロパティの部分に注意がいくぶん、情動的な反応がやや弱くなったと述べています。

 

感想

研究の問題点があって、本当にアートとして(あるいは現実の写真として)観ていたのかどうかを実験参加者たちに調査していないため、アート鑑賞という文脈の効果があったのかが曖昧になっています。あと、現実写真条件とアート条件で用いられた写真が異なるようなので、厳密に統制できているとはいえないのかもしれないです。

 

主観的にアート条件のほうが「好き」と評価されたのは、時間をかけて作り上げられた完成度の高い作品という文脈が加味していたりして。

 

この研究から派生して、AIが描いたアートと人間が描いたアートを条件にして実験してみたいなと思いました。単純労働の代替だけでなく、クリエイティブな領域にまで侵攻してくるAIに対して、人間はどのように感じるのだろう。

 

おしまい。